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2016年8月24日 (水)

実は摂津

私は堺市生まれで包丁鍛冶屋の息子なので、泉州生まれと思っていたのです。
が・・・・・
昨日、「百済」について調べていたら住吉郡というのが目について、さらにそれを調べていたら・・・
昔々、大和川が付け替え工事をされる前は、現在の堺市と大阪市の境目は・・・当時でいうと和泉の国と住吉郡のある摂津の国の境目は、今の大和川ではなく現在の堺市堺区の大小路通りだったそうです。
大小路通りは南海本線堺駅と南海高野線堺東駅を結ぶ東西に延びる道路で市役所や裁判所、税務署、堺警察署などが道沿いに並ぶメイン道路です。
私の生まれた鍛冶屋工場付きの家はこの大小路通りの一本北側で熊野小学校のすぐ西側だったんです。
ということは・・・・
私の生まれたのは和泉の国ではなく、ぎりぎり摂津の国ということになるのです。
ところで堺という地名は和泉と摂津の境目ということからきているそうです。
堺東から南東に行った一つ目の駅である三国ヶ丘の地名の由来は和泉の国と摂津の国と河内の国の境目だったからというのは結構有名なんですよね。
しかし生家が摂津の国だったとは・・・
なので和泉の国一宮の大鳥大社さんではなく、摂津の国一宮の住吉大社さんが鎮守様となるんですな・・・
私は摂津生まれの河内育ちに変更となりました(笑)
しかし歴史は面白い!
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